ボタン工場へ

今日はボタンの最終チェックとお支払いのためにボタン工場へ
先日自転車で筋肉痛になっのでストが終わったので原チャリで移動

パタン

震災でこんなになった訳ではなく、この道は常にこんな感じ。
いつか舗装されるだろうと思っていたが既に7年経過。
ずっとこんな感じなんだろうな〜

この水の中に落ちないように、そして通りかかったバイクの水しぶきを浴びないように、
雨が降るとヌルヌルしちゃうのでビーサンで通っています。

パタンは建物の損傷がない場所は今までとかわりませんが

パタン

細い道で建物が弱くなっていると思われるところは、つっかえ棒がしてあります

パタン

バイクや自転車はすり抜けられますが、車の場合は通れない道もあります。

パタン

農ファッションのワークパンツに使っているボタンはネパールの手作りボタンです

パタン

こうやって、最後に数を数えてパッキング

パタン

検品や仕上げの仕事は女性が多いです。

ボタンを削ったり、掘ったりする仕事は男性が多いのですが、
震災の後は村に帰ったり、出稼ぎに海外に出た男性スタッフが急増して、人手が足りない様子。

一部作りなおすボタンもあり、最終日に出来上がった分を持ち帰ることになりました。
ここの工場の皆さんも顔見知りなのでボタン工場も居心地がいい。

一人で色々作れる様になったのもネパールの仲間のおかげです。

  1. 2015/08/27(木) 00:00:01|
  2. ネパールライフ

手編み帽子つくってます

手編みの帽子 ネパールの妹たち

ネパールに来る前に図面を送って1ヶ月。
2週間で検品を終え出荷の予定で進めているのですが、ストが続いて4日間仕事が止まってしまい急いで仕上げています。

編み物は家でできるのでメインパーツを、家に持ちかえってつくり、
工場にもってきて装飾部分を作るという方法です。

今日は子供用のウサギ帽子に耳をつける作業。
中心につけるのだけでも大変。間違えないように何度もチェック。
1個確実につけられたところで部屋をでる

あと3日でできるかな???
手編みの帽子 ネパールの妹たち


出来る!出来る!と答える時は危ない。9割間に合わない。
笑顔は最高に可愛いので許したくなっちゃうけど、お仕事だから毎日工場へいって確認作業をしています。

手編みの帽子 ネパールの妹たち

このお部屋のスタッフさんは殆どレギュラー社員なので心強い。


手編みの帽子 ネパールの妹たち


明日はボタン工場へいって最終検品とお支払い。

このままのスピードで進めると28&29日は工場から出られなくなるので、
明日は時間を作って町のスーパーにきたい。

やっぱり2週間で出来ることって限られますね。



  1. 2015/08/25(火) 20:42:26|
  2. 手編み帽子&エスニック服

ネパール大地震お仕事再生資金、その3 :Bungamatiへ(ブンガマティの状況)

ブンガマティ村

帽子工場のスタッフの住む村
Bungamati ブンガマティへ行ってきました。
ここはパタン(ラリトプール内)であり、カトマンズ近郊で被害の大きかった集落でもあります。
観光地であるパタンの王宮から8キロくらいの地点になるかな?

ブンガマティー


ブンガマティ村


地図でいうとココです(グーグルマップ)



帽子工場のオーナーはネワール族で、工場の周りの村もネワール集落がおおく今回の地震でで112家族の従業員の家が倒壊、半壊、と住めない状況にあります。

ブンガマティ村



震災後3ヶ月は建築基準の見直し期間でもあり、新たに建物をたてるのを禁止されていたそうです。
とは言っても、、、観光で潤っている都市部は復興が優先される場所もあり、
小さな集落はまだ手付かず、
集落に入る道もせまく、重機をいれるのが難しい。人力で瓦礫撤去中です。

ブンガマティ村


ここは木工の盛んな集落で、窓枠や、お土産物のマスク等の職人さんが多いそうです。

お預かりした義援金は100%支援に使います。
帽子工場の社長も私も通常業務をこなしながら動いていて、工場の休日しか仕事場を離れることができません。
なかなかご報告できず申し訳けないのですが、仕事をしないと支援できない状況なのでご了承くださいね。

私が滞在予定の2週間のうちに4日間もストがあり、行きたいと思っていた場所にもなかなか移動しにくい状況です。

この家は工場で働く女性のお家です

bungamati-6.jpg

鉄骨が入っているように見えるかも知れませんが、ネワール族の伝統的な家の建築方法でできています。
木とレンガと土です。

bungamati-5.jpg

最上階の屋根は落ち、2階連結部分は歪み住むことができません。
つっかえ棒で支えて倒壊しないようにを保っている状況。
壁にも大きなキレツが走っていて心配

ブンガマティ村

比較的壊れていない棟の2階にロミさんの部屋があります。

ブンガマティ村



余震も少なくなってきたので、日中は2階の生活空間を利用しているそうです。
地震がきたら急いで外に飛び出る準備はしていて、常に窓とドアは解放

夜に余震があると逃げられないので、
建物の前に仮設住宅を建て夜はビニールシートと竹やトタン屋根で出来た家で寝ています。

ブンガマティ村

さすがに職人が多いから?仮設テントですが工夫して作られています

ブンガマティ村

ブンガマティ村

ブンガマティ村

この集落には有名なお寺(ラト・マッチェンドラナート)がありましたが、地震で全壊してしまったそうです

参道の入り口の様子
ブンガマティ村

門の中には女性たちが集まっていました。
ブンガマティ村

震災後は余震を恐れ、日中は皆さん小さなコミュニティーを作り過ごしている方が多いそうです。
一人で家の中にいられなくなったという女性もいます。

ブンガマティ村

写真の白い寺院が建っていたそうです。


ブンガマティ村


ブンガマティ村


ブンガマティ村

このラト・マッチェンドラナートに収められていた神様は12年に一度山車に乗せられて巡業するそうですが、
今年は12年に1度の年にあたり、寺を出て巡業中に被災し山車が傾いてしまったそうで
現在もその場所の脇のテント内に収められている。山車は止まった場所に置かれています。

ブンガマティ村

トラブルが起こった年には大きな惨事があって、
今までの伝統どおり作られていなかったから傾いてしまったとか、だから地震がきたとか、
いろいろ言われてる。とにかく動かしてはいけないそうで、止まった場所で解体されて再度山車を作り直している最中。

現在道路のど真ん中に止まったままです。
震災から4ヶ月。まだまだ復興前という印象を受けました。

山岳部の被害はもちろんのこと、都市でも場所よって建物被害もあり
内側への支援はなく、大きな支援が入っている村と無い村との差が激しく、

人によっては支援によって今までより良い暮らしをしていて、
お米も1家族10キロ支援なのに別々の家族だと申告し支援品をもらう人もいるそうで、
ネパール人のなかでも心のモヤモヤが増幅しているような。。。。

倒壊した家の被災者には震災後に15000ルピー支給され、その後は無いそうで貧しい集落は厳しいとききます。

まだ雨季なので10月下旬の乾季になったら修理や家の再建を始める予定の方もいて、
今後は違う問題も起こってきそうです。

5月下旬のブンガマティーの様子
旅するフォトグラファーの有賀さんのブログにスタッフのお家が映し出されていました。
この時期からする瓦礫はすこしだけ片付いているのかもしれない


その4へ続く、、、、

その1。その2。その3。は前後のページをみてね
  1. 2015/08/25(火) 16:37:14|
  2. ネパール大地震お仕事支援

ネパール大地震お仕事再生資金、その2:支援方法etc,,,


帽子工場で被災した従業員さん達は仕事に殆ど仕事に復帰しています。
私も日頃お世話になっているお掃除お姉さん。

お掃除お姉さん仕事復帰


震災後のご自宅は崩壊
彼女の家は住める状態ではないので現在は子供の家に避難して工場に通っています。

工場を美しく保つためにお掃除したりお茶を入れるのか彼女のお仕事。
みんなが彼女の笑顔でハッピーになる。そんな彼女が私は大好き。


お掃除お姉さんのお家


私が寝泊まりしている工場の隣の部屋が工場従業員の休憩所なので毎日顔を合わせます。
彼女はタバコを愛する姉さんなので『タバコを愛する姉さん』というニックネームで皆んなに呼ばれています。

朝はお掃除、日中はスタッフへお茶を運んだり午後3時半すぎにはカジャという軽食タイムがあるのでご飯を作ってくれます。
午後5時に帰宅します。

現在、帽子工場に集まっている友人や海外取引先からの支援金は現在1400万円に達する予定です。
これは予想を超えた支援です。

なんで予定なの?って思いますよね。
帽子工場はNGOや支援団体ではなく、まず通常業務を行いながら工場として従業員の月給となる利益を確保しなければならないからです。

工場からも震災直後に日本円で約200万円を緊急支援を捻出し食料品や生活費、日用品購入代を緊急支援とし
被災した従業員家族に配りました。

被害の大きかった地区に住んでいた112世帯の従業員業員が被災し家を失いました。
工場からの緊急支援金の殆ど食料や財産を失った人の日用品購入で工場からの支援金は消えてしまった。

1家族あたりに工場で支援できたお金は1家族に約150ドルくらい

ネパール政府の支援は家が全壊した家庭に、今までに1500ルピー(約150ドル)が支給されたようです。
150ドルというのは、都会のネパール人の平均月収1ヶ月分くらいだそうです。


今のところは家が全壊した帽子工場の従業員を例にだすと、政府から150ドル、工場から150ドルの、合計300ドルの支援をうけた状態です。
震災後2ヶ月分の給料分にあたるお金は確保でき、2ヶ月後から殆どの社員が仕事に復帰できたことから、
収入は継続し得られたことになり、仕事も確保できた状態になりました。


こんな状況の中で海外から飛んできた取引先スタッフは状況をチェックして、マヘソさんに義援金を託す事を決定したようで義援金が増えています。

帽子工場では皆さまから頂いた義援金はすべて被災した従業員の住宅再建の資金100%使います
A-rueの寄付17万円を加えた日に、一度今まで集まった資金の集計をしました。

日本円で1400万円程になる予定です。これは被災した112戸の従業員家族の住宅再建支援に使われます。
単純に被災者家族数で割っていくと12〜13万円程度の支援額になります

全壊した場所で住居を建て直すのにネパールでどのくらいお金が必要か?
2LDKくらいの平屋のシンプルな家で200万円前後必要といわれています。
これは土地代を除いた額です、

今後政府から噂、もし15万円程度の支援が全壊した家に支払われる事がきまれば、工場の義援金を上乗せすれば
家のローンを組むのに必要な額は揃えられる可能性が高いのです。
すでに皆さん仕事に戻っているので今までと同じ給料が得られる働く場所は守られています。


例として、仮定ですが、もし政府から15万の支給があったとして、工場から15万+さらに義援金が増え分は追加、貯金と友人や親戚からお金を集め、さらに銀行から借りる事ができたら、私は家の再建は可能だと思っています。

政府からの支援はないかもしれないけど、
自力である程度の資金を集め再建に関して見積もりや行動を起こせた従業員から順に義援金の投入をはじめています。
その時まで義援金を預かって判断する事が条件で、この中の多くの義援金が集まっています。
現在2つの家族が家を建て直す目処がたち動き始めたそうです。
なぜ今月からかというと、震災後に3ヶ月は新しい建築基準がきまるまで新たに建物を建ててはいけない。
というルールがあったそうです。

支援金を配るタイミングは寄付者のリクエストで決められています。
工場に通い仕事を続ければ、仮設住宅から一気に家の再建への道は広がります


通常の支援団体では業務を行う必要経費がかかります。
この部分は工場の仕事があるので、義援金が減る事はありません。
支援金回収額はすべて従業員のために使えます。支援のプロとは違う方法です。
プロはプロにしかできない支援があると思うし、必要としている地域が沢山あります。


帽子工場では通常の仕事があるので支援関係の業務は営業時外の別業務、無報酬での仕事となります。
社長頑張ってます。私も心配になるくらい疲労している日もある。

義援金に関する質問や、被災従業員との話し合い。支援者への返信メールも営業時間外に毎日数十件こなしている。
どれだけの時間を仕事が終わって費やしているのか見ているとわかります。
みなさんの予想を超える時間を使っていると思います


大きな取引先では納品額の5-10%を寄付するという方法をとっています。
商品代に寄付金として10%上乗せし決算時に支援寄付という方法です。
これは多くの企業がとっている支援方法だそうです。


これはオーダー品を作る為に、先に立て替えて材料を買い、従業員の給料を確保し、納品し、
回収日に回収できたら義援金に回す事ができるという状況。ある意味支援といっても縛りがあります。

これだけの義援金が集まった背景には、社長の人柄や、経営能力、そして信用が重視されたと思う。
多額の支援先からは食費や、衣料品、日用品には使わず、すべて建築資材を買うように要求される事もあります。

寄付する代わり使用方法の条件の提示もあり、使い方が制限されて悩ましい。

まとめてレンガを買えば安く購入できるからレンガやトタン板はまとめてかってください。
先に支援金を払うと他のコトに使ってしまうから今の時点で払ってはいけない。
住宅の建材だけに使うようにしてください。
多額の支援をしていただいた取引先も寄付してくださった方への報告もしなければならず、
寄付金の使い方には本当に色々と要求があるのです。


支援ってなんだろう?
寄付した人の気持ちと、受ける側の気持ちであったり、欲しい物は、タイミングによると思いますが、
少し違う時期もあると思いました。


現在配布できたのは、持ち家が全壊し、友人や銀行からお金をかりて家を再建するプランが明確に出せた従業員。
建築材料を揃える為に使える段階になった人から支給という方法なのです。

これは大きな額を支援した支援者が決めたルールや希望でもあります。
取引先も支援金を集める為に宣言した事なので状況にかかわらず支援方法を変える事はできません。

こんな理由もあって、家を構築するタイミングで一気に支援という方法になってしまいそうです。
追加支援金は、その都度追加支援金とし、それぞれに上乗せされます。

方法として、現在被災者従業員との話し合いで決まっていることは
持ち家が全壊した人には15万円〜20万円を支給。
持ち家を補修したら住める人には8万〜10万円を支給。
アパートくらして引っ越しして生活を立て直す人には4万〜8万を支給。
さらに増えた分は、追加支援金として配ります。


工場の経営ができているから給料を従業員に払う事が出来て従業員の生活を守る事ができるのです。
これは今後彼らが生きる為に一番大切なシステムは仕事の確保。

支援金の殆どは通常1回で終わってしまう
支援とは何なのか?と私も見ていて考えさせられました。
間に立つ人の負担を考えてあげないと思いやりに欠ける支援になるのかもしれない


こんな事は書くべきではないのかもしれない。
でも多くの義援金を託された人や会社を悩ませている問題でもあると思う。

報告の為の資料を揃える為に多くの時間を費いやしている。
預かり側の立場で被災している方もいると思う

資料製作や報告の為に被災者が費やす時間や労力を考えると、
その分の時間をバイトして寄付の方がコスパが良いと思える時もあるのです。

支援してもらっているのに何なの?と思う人もいるかもしれません。
帽子工場の社長は一言も弱音を吐いていません。
この文章は外国人であり、工場の中で過ごしている私一人の感情や意見でしかない事を忘れないでほしい。

言葉も考えて選んで書いたり消したり繰り返していて、なかなかアップできなかった。


一番お伝えしたいのは、支援してくださった皆様の気持ちは伝わっています。
この時期の支援は被災者にとって大きな支援なのです。
改めてお礼申しあげます。

お預かりした義援金を目に見える形で表現しにくいのは、こんな理由も含まれているからです。

家の再建目標を建て、1つの工場でやるということ、
仕事があるので詳細をマメにアップできないことをご理解いただけると助かります。
まとまった義援金は家のそれぞれの家の再建時に大きな力となると思います。

本日は土曜日で工場がお休みなので、マヘソさんと一緒に被災した従業員の住居エリアを回る予定です。

その3に続く

  1. 2015/08/22(土) 13:26:09|
  2. ネパール大地震お仕事支援

ネパール大地震お仕事再生資金、その1:義援金を届けました

2015年8月16日にネパールに入りました。
ネパール上空

到着日からストが始まり移動が困難だった為に、ご報告が遅れてしまい申しわけありません。
使い方の詳細や現在の状況は数回にわけてご報告します

お仕事再生資金の最終合計は¥353907となりました。

渡航までに集まった義援金の詳細です。

エコロジーオンラインさんに集まった義援金 167325円
A-RUEワッペン売り上げ全額 64082円
A-RUEに届いた義援金 122500円

この中から日本で購入したテントとソーラーランタン15台購入費 70508円
支援品として配布するテントとソーラーランタン


残りの義援金¥283399
キリが悪いのでA-RUEより¥6601を追加し残りの合計額¥290000としました。

合計290,000円 が 240,990 NRs(ネパールルピー)になりました。

お預かりした義援金をネパールルピーへ

義援金の寄付先

エベレストファッションへ 140,000ルピー(約17万円)とランタン3台を寄付
エコロジーオンラインさんに集めていた頂いた義援金はすべてコチラに寄付しました。
帽子工場に寄付

現在エベレストファッションへ取引先や友人達や支援者から多くの寄付が集まってきてます。
従業員の112家族が被災し、その中の72家族の家が全壊している状況、40家族は現在住居の修復が必要もしくはアパート暮らしで被災した従業員でまだテント暮らしを続けている人もいます。

そこで最初の宣言通り寄付金をまとめて住居再建資金とし、
現実的な方法で仮設テントから家を建てる事を目的にし話あったりして準備をしています。
こちらの詳細も後日お知らせします。


シバ君へ(A-rueエスニックファッションの製作工場)
テントとランタン1台とshiva君へ指名でおかりしている寄付金50,000ルピー(約6万円)寄付
シバさんとシバさんの村へテントとランタンと義援金を寄付

シバ君とは15年ほどエスニック衣料の縫製作業のパートナーとしてお仕事していただきました。
その間に旅行者や友人との付き合いもあったので、シバ君へ寄付するようにお預かりした分はお渡ししています。

シバ君の出身地、ゴルカの(地図上地名 Pandrung/ローカル地名Ghampeshal)村は
支援がほとんど入っていないようです。16世帯すべて全壊
トタン屋根も届かず、一度シバが行った時はビニールシートと植物の葉っぱで屋根を作って梅雨をしのいでいたというので、食料が必要ならまず食べ物を購入。残ったお金でトタン屋根等の購入予定です。
そこで51,000ルピー(約61000円)とソーラーランタン12台を寄付。
現実的に資金が少ないので、このお金は16世帯の村民がどうつかうか話し合ってきめたいとの事でした。。

現在シバのカトマンズのアパートまで届けたのですが、雨季やストのため即村に向かうのが難しく、
まだ届けられない状況です。
8月26日にシバ君が先に届けたいというのでチャレンジ予定。

<その2> へ つづく。。。
数日後にアップします


  1. 2015/08/21(金) 12:15:16|
  2. ネパール大地震お仕事支援